母の誕生日でもあり、祖父の命日でもある日

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こんばんは。ルートです。

今日は日記気味の記事です。「パチスロで学んだ期待値という考え方」の番外編かな。

 

過去を振り返りながら、未来も見据えて書いていきます。

この記事を読んで、「もう一回がんばろう」っていう感じが、

ちょっとでも伝わってくれればうれしいかなと。

僕自身も、明日からの決意表明も込めて書きます。

 

 

さて、

本日4月27日は父方の祖父の命日です。

車で2時間ほどかけて、

隣の隣の市まで、墓参りに行って来ました。

 

 

毎年行う大切な行事です。

 

 

実は、

この4月27日は、母の誕生日でもあります。

 

 

離婚して疎遠になっていた父から、祖父が亡くなったことを聞いた時、

「何もこんな日に亡くならなくても・・・」と、母と弟と話した記憶があります。

 

それでも、

母の誕生日に祖父が亡くなったということは、

祖父からの「忘れないでほしい」というメッセージだと思っています。

 

 

 

加えて、その2年後に父方の祖母も亡くなるのですが、

その祖母が亡くなったのは9月4日。

・・・実は、これは母の妹、

つまり僕の叔母の誕生日なのです。

 

 

父方の祖父は母の誕生日に、

祖母は叔母の誕生日に亡くなりました。

 

 

離婚して疎遠になっていても、

僕の遺伝子の4分の2は彼らに由来しているわけです。

(父方と母方の祖父母それぞれから25%ずつとして)

 

1年に1回は、思い出して感謝する日を設けないとな、と。

 

きっと、これからもずっと、

僕と母と弟にとって、

4月27日は母の誕生日であり

お墓参りの日になるのです。

 

 

墓参りの後には、母の好きなイタリアンのお店に行きます。

そして弟と一緒に、誕生日プレゼントを買います。

 

雰囲気は、

「選挙の日って、うちじゃなぜか、投票行って外食するんだ♪」

っていう、モーニング娘。の「ザ☆ピ~ス」みたいな感じです。

 

 

 

 

父もパチンコ好きならば、祖父母もパチンコ好きでした。

 

小学校1年生の時までは一緒に暮らしていたのですが、

帰ると家には誰もいませんでした。

 

いつも家の鍵を持って小学校に登校していました。

 

鍵を忘れてしまって登校したときもありました。

 

7歳の僕は、玄関先でランドセルをひっくり返し、

必死で探しましたが、鍵はありませんでした。

家に入ることができず、大泣きしました。

 

 

 

もしも、父と祖父母がパチンコ好きでなければ、

父と母は離婚していなかったかもしれません。

 

 

ただ、

それはそれで、僕にとっては一つの出来事に過ぎなくて、

パチンコ・パチスロを憎んでもいません。

 

 

僕はパチンコは打ちませんが、パチスロは打ちます。

 

そのパチスロがあったおかげで、学生時代、

家賃をなんとか払えた月もあったし、

卒業旅行に行く資金を貯められたし、

学会に出席した先の県で、旅費の半分を稼ぐことができたし、

 

年間100万円稼ぐこともできました。

 

 

僕がひたすら期待値を追い求めることができるのは、

勝ちにシビアになることができるのは、

 

父や、祖父母の姿が、

心の奥底に焼き付いているからかもしれません。

 

 

 

パチンコパチスロに限らず、

マイナス体験をプラスに持ってくる、武器にするっていうことは、

とても大変なことだけど、とても大事なことだと思っています。

 

自分にとっては、不登校体験もそう。

自分が中学時代に不登校になった経験があるから、

今では、不登校生のために働くことができている。

 

自分と同じ悩みを持つ人の力になりたいっていう、

中学時代に抱いた夢を叶えている。

 

 

パチスロに出会っていなかったら、

せどりとも出会っていなかったと思います。

 

 

僕は、これからも自分で生きていく力を伝えていきたい。

自分にとってはそれがパチスロとせどりでした。

 

キャッシュポイント(収入源)は、多ければ多いほどいいです。

せどりは、パチスロと同じ「期待値」の考え方が通用しますし、

僕にとってはやりやすいビジネスでした。

 

(というかそもそも、世の中のビジネス全てが「期待値」だと思うんですけどね。)

(その話は、長くなりそうなので、また別の機会にしましょう。)

 

 

 

色んな事がありました。

 

両親は離婚して母子家庭になったし、

中1の時にテストで学年1位を取ったことがあるにも関わらず不登校になったし、

県有数の進学校に入れたものの、勉強と部活の両立がきつくて辞めたくなったし、

志望大学の推薦入試に落ちて、なんとか一般入試で合格できたし、

 

アルバイトが禁止されている程忙しい大学院生活の中で、

パチスロをうまくこなしながら全ての単位を取るも、

あと論文の仕上げだけっていうところで学費が尽きて休学したし、

社会人1年目で4つの仕事を週7でこなしましたし、

 

 

ここまで何とか頑張ってきました。

もちろん、多くの人に支えられて、ですけど。

 

そしてこれからも、頑張っていくのです。

 

非常勤の心理職(不登校生のカウンセラー)と、近所の家の子・先輩のお子さんの家庭教師をさせてもらいながら、

副業でパチスロとせどりを行い、

月々の支払いを滞らせることなく、

大好きなmiwaとperfumeのライブに行ったり、

マンチェスター・ユナイテッドや日本代表の試合を観に行ったりしています。

 

 

10年後、20年後、

「今と同じまんまでいい」とは思っていませんが、

今やっていることは、理想の未来を切り開くための最短ルートだと思っています。

 

 

過去をしっかりと受け止めながら、

今を後悔しないように生きて、

理想の未来に近づいていく。

 

 

一生、やることはこれだけです。

 

 

明日からも、頑張っていこうと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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著者:ルート


不登校の子どもたちの支援者として働いているルートです。中学校1年生の時の不登校体験や大学院時代の休学体験を活かし、同じ悩みをもつ子どもたちの支援者となりました。 メールでお子さんの相談を受けたこともあります。お困りでしたら、何か力になれるかもしれません。

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